令和3年度介護報酬改定により、全ての介護事業所において業務継続計画(以下、BCP)の策定が義務化されました。3年間の経過措置が設けられており、正確には令和6年度改定までは策定の猶予が与えられていますが、その趣旨に従って実際の緊急事態の運用に耐えうる実践的なものを構築するためには多くの時間が必要となります。
本コラムでは、介護事業所での実用に耐えうるBCPを効率的に策定していくためのポイントを解説します。また、当社ではBCP策定のご支援も実施しておりますので、ご興味をお持ちの方は、30分5,500円(税込)のBCP策定相談をご利用いただくことが可能です。詳細はページ下部を五霞k人ください。
【目次】
1.BCPとは
BCPとは「Business Continuity Plan」の略で、一般的には事業継続計画と訳されます。中小企業庁の「中小企業BCP策定運営指針」によると、
企業が自然災害、大火災、テロ攻撃などの緊急事態に遭遇した場合において、事業資産の損害を最小限にとどめつつ、中核となる事業の継続あるいは早期復旧を可能とするために、平常時に行うべき活動や緊急時における事業継続のための方法、手段などを取り決めておく計画
と定義されています。
中小企業においては、災害などにより主要な事業が停止し復旧に時間を要してしまった場合はその期間、収入が途絶えてしまうことになり、会社の存続に関わることとなりかねません(この様な、会社の存続に関わる重要殿高い事業のことを「中核事業」と呼びます)。中核事業を中断させず、会社全体の業務を可及的速やかに復旧するための計画がBCPです。
特に介護事業においては、要介護者の生活・生命を支えるという重大な責務があります。厚生労働省の「自然災害発生時の業務継続ガイドライン」では下記の様に示されています。
介護事業者は、入所者・利用者の健康・身体・生命を守るための必要不可欠な責任を担っています。入所施設においては自然災害発生時にも業務を継続できるよう事前の準備を入念に進めることが必要です。入所施設は入所者に対して「生活の場」 を提供しており、たとえ地震等で施設が被災したとしても、サービスの提供を中断することはできないと考え、被災時に最低限のサービスを提供し続けられるよう、自力でサービスを提供する場合と他へ避難する場合の双方について事前の検討や準備を進める ことが必要となります。また、通所事業所や訪問事業所においても極力業務を継続できるよう努めるとともに、万一業務の縮小や事業所の閉鎖を余儀なくされる場合でも、利用者への影響を極力抑えるよう事前の検討を進めることが肝要です。
つまり、介護事業者にとっては事業の存続と同程度に、利用者の生活や生命を担保することを目的として業務を継続することが求められています。一般的に「事業継続計画」と訳されるBCPが「業務継続計画」とされているのは、こういった背景があるためと考えられます。
2.介護報酬改定におけるBCPの位置づけ
令和3年度介護報酬改定におけるBCP策定の要点は「指定居宅サービスに要する費用の額の算定に関する基準(訪問通所サービス、居宅療養管理指導及び福祉用具貸与に係る部分)及び指定居宅介護支援に要する費用の額の算定に関する基準の制定に伴う実施上の留意事項について」より抜粋すると概ね下記の様になります。
感染症や災害が発生した場合にあっても、(中略)継続的に実施するための、及び非常時の体制で早期の業務再開を図るための計画(以下「業務継続計画」という。)を策定するとともに、当該業務継続計画に従い(中略)訪問介護員等その他の従業者に対して、必要な研修及び訓練(シミュレーション)を実施しなければならないこととしたものである。 (中略)他のサービス事業者との連携等により行うことも差し支えない。 また、感染症や災害が発生した場合には、従業者が連携し取り組むことが求められることから、研修及び訓練の実施にあたっては、全ての従業者が参加できるようにすることが望ましい。
基準上必要となるのは「計画の策定」「研修」「訓練(シミュレーション)」となり、また、これらの実施については3年間の経過措置を設けており、令和6年3月 31 日までの間は、努力義務
とされています。
計画の策定
計画の策定にあたっては、「新型コロナウイルス感染症発生時の業務継続ガイドライン」および「自然災害発生時の業務継続ガイドライン」を参照することが推奨されており、下記の項目が記載を求められています。
イ 感染症に係る業務継続計画 a 平時からの備え(体制構築・整備、感染症防止に向けた取組の実施、備蓄品の確保等) b 初動対応 c 感染拡大防止体制の確立(保健所との連携、濃厚接触者への対応、関係者との情報共有等) ロ 災害に係る業務継続計画 a 平常時の対応(建物・設備の安全対策、電気・水道等のライフラインが停止した場合の対策、必要品の備蓄等) b 緊急時の対応(業務継続計画発動基準、対応体制等) c 他施設及び地域との連携
これらの項目の記載については、「介護施設・事業所における業務継続計画(BCP)作成支援に関する研修」に示されているひな型に沿って作成を進めれば、一通り網羅することが可能な形になっています。
研修
研修については定期的(年1回以上)な教育を開催するとともに、新規採用時には別に研修を実施することが望ましい、また、研修の実施内容についても記録すること
とされています。
訓練(シミュレーション)
訓練(シミュレーション)については事業所内の役割分担の確認、感染症や災害が発生した場合に実践するケアの演習等を定期的(年1回以上)に実施、机上を含めその実施手法は問わないものの、机上及び実地で実施するものを適切に組み合わせながら実施することが適切である
とされています。机上での実施とは、訓練そのものを実際の緊急時におこなうことが不可能であることから、緊急事態が発生したと仮定しながら訓練を確認し、シミュレーションをおこなっていくことを想定しています。この際は、計画の策定者だけでなく、現場職員の方も交えて実施することが、より実態に合った訓練を実施することにつながるので望ましいといえます。
研修、訓練(シミュレーション)についてはいずれも、感染症の予防及びまん延の防止のための研修や訓練(シミュレーション)と一体的に実施することも差し支えないとされています。
3.BCPガイドラインに示されている事項
「新型コロナウイルス感染症発生時の業務継続ガイドライン」および「自然災害発生時の業務継続ガイドライン」では、抑えるべきポイントが何点かあります。以下に主要なポイントを解説していきます。
①基準外の法人本部BCP策定の促進
今回の改定では必須ではないですが、「自然災害発生時の業務継続ガイドライン」では法人本部は各事業所と連携しながらBCP を作成すること、法人本部と施設・事業所や、施設・事業所間の物資や職員派遣等の支援体制についても記載することが望まれます
と、法人単位でのBCPの策定が勧められています。これは、実際の非常時を考慮すると、単独事業所ではなく法人内、地域内、行政単位での協働が必要となるためです。基準を満たすことだけを求めるわけではない「実際の運用に耐えうるBCP」の策定を目指す上では、この考えは必須になります。
②業務継続の考え方
一般的なBCPは「事業継続計画」と訳され、主として事業の早期復旧と経営の持続を目指したものとなります。介護事業においては従来の考えに加えて利用者の多くは日常生活・健康管理、さらには生命維持の大部分を介護施設等の提供するサービスに依存しており、サービス提供が困難になることは利用者の生活・健康・生命の支障に直結
することから、他の業種よりもサービス提供の維持・継続の必要性が高いとされています。そのため、訳語も「業務継続計画」とされているものと推察されます。また、この際、「利用者の生活・健康・生命の支障に直結」
する業務である程、サービス提供の維持・継続の優先順位が高くなることも考慮が必要となります。
③策定すべき項目の種類
解釈通知に示されている、BCPに記載すべき事項はガイドラインの中にも示されています。また、同時に提示されている「ひな型」とガイドラインは対応しているので、ガイドラインを参照しながら「ひな型」に示されている事項を記載していくという形を取れば、基準として求められる事項を漏らすことなく、BCPを完成させることができるでしょう。
4.BCP策定に関する課題
BCP策定に当たっては上記の内容を考慮しながら策定していくことになります。しかし、策定をおこなう際に何点か注意をしなければならないことがあります。
①施設ごとに求められるBCPは異なる
事業所におけるマニュアル等については、書籍やインターネット上の情報などを参考に作成されることが多いですが、BCPに関しては、地域特有の災害等への対応と自社の運営する事業の再開という極めて個別的な対応が求められることになります。当然、想定される災害等は地域によって異なるものであり、実態に応じて設定していくことが必要となることから、出来合いのものを引用して作成するという形では実際の緊急時に耐えうるBCPは策定できません。自社独自のものを作成する場合、その期間は少なくとも半年以上はかかるので、想定しているより労力と時間がかかります。
②ガイドライン以外の知識も必要
独自のBCPを策定する場合、厚生労働省より示されているガイドラインをベースに作成することで必要な項目は一通り網羅することはできます。しかし、実際に策定を進めていくと、ガイドラインに記載されている以外の知識も必要になってくる場合があります。例えば、BCP自体は事業所単位での策定が求められてはいますが、複数の事業所を運営している法人の場合、実態に合わせた策定をおこなうときは、法人全体を見渡した計画が必要となります。その時、体系的なリスクアセスメントの実施や経営資源の分析など、ガイドライン上では十分に解説されていない項目に対しての詳細な分析が必要となる場合があります。
③全部署横断的な計画の策定が必要
前項でも述べた通り、実際の緊急時に耐えうるBCPを策定するためには、基準で求められている事業所単位のBCPだけでなく、法人全体が連動した体系的なBCPを策定する必要があります。その際には、全部署から横断的に職員が参加し、事業所単位の個の分析をおこないながら、法人全体を見渡した集の視点の分析も必要となってきます。これを実施するためには委員会やワーキンググループを組織し、それらを適切に運営していくことが重要となってきます。
5.運用に耐えうるBCP策定の手順
基準で求められるレベルのBCPを策定するためには、既に示されているガイドライン等を活用することで対応が可能ですが「実際の運用に耐えうるBCP」とするため、法人本部BCPの策定や、体系的な分析手順を取り入れることが有効です。体系的な分析をおこなう上でのポイントには下記の様なものがあります。
①優先業務の抽出
まず、事業所ごとに業務の種類を列挙し、それぞれの業務が緊急事態発生後、どの程度の時間で復旧を目指すべきかを整理しましょう。その際、最も人員の配置が少ない「夜間」を最低基準として「6時間」「12時間」「1日」「3日」「7日」といった単位で経過時間を区分けします。そして、それぞれの経過ごとに、どの程度の内容まで実施できると良いかを整理していきます。
例えば、食事介助の場合、「夜間」には急いでおこなう必要はないが、「6時間」経過した段階では備蓄を使って必要最低限のメニューが提供できるように、「3日」経過したときには光熱水復旧の範囲で調理が再開できるように、といった具合です。これらを全事業所で策定し整理することで、事業所を横断した、法人全体での業務の復旧優先順位も整理することができます。
②経営資源の抽出
復旧する業務の優先順位を付けた後、業務それぞれの分析をおこないます。ポイントは「通常時×緊急時」「業務内容×経営資源」のクロスで、業務の分析をおこなうことです。まず、緊急時にはどの様な手順で必要最低限の業務をおこなえるかを検討しマニュアルの策定をおこないます。
食事介助の例の場合、緊急時に提供する必要最低限のメニューとは何かを検討し、どの程度の備蓄・備品が必要で、どの程度の人員が必要かを分析、その手順をマニュアル化します。こうすることで、緊急時にも必要最低限おこなわなければいけない業務の手順や、そのために必要な経営資源が分析されます。
こうした業務分析を全事業所・全業務でおこない、今度はそれを取りまとめていくことで、具体的な目標復旧時間内に、どの経営資源がどの程度必要かがわかるようになります。更に言えば、緊急事態発生後、どの程度の時間が経ったことで、どの程度の人員が必要になるかも分析することができます。これをもとに、法人全体の人員をどの業務に割り当てていくか、検討することが可能になり、ガイドラインで示されている下図の様な「重要業務の継続」の計画を立てることができるようになります。
以上の様に、BCP策定には想定よりも多くの労力、時間、知識が必要となります。3年の経過措置期間も決して余裕のある長さではないことから、なるべく早い着手が大切となってきます。
当コラムでは、今後、介護事業所におけるBCP策定のポイントについての解説を順次更新していきます。更新情報についてはメールマガジンよりお知らせしますので是非ご登録ください。
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